埋もれた遺産 第2話


執務机に向かい合う形で、一人用のテーブルとイスが用意され、僕はそこに座っていた。

「説明には時間が掛かりそうだ。飲み物を用意するから、ここで寛いでいてくれ」

と言われ、大人しく待っていると、彼は左側の扉からティーセットを乗せたワゴンを押しながら戻ってきた。
ワゴンもやはり黒。嫌みのない装飾が施されたそれもまた、高価な物のように思えた。
琥珀色の香り高い紅茶が入れられた白磁のティーカップが目の前に置かれ、一緒にチョコチップの入ったクッキーが添えられた。
自分の分も同じように用意してから、彼は執務机に座った。

「・・・遠慮せずに口にしてくれ」

かちこちに固まったまま動かない僕を見て、彼は苦笑しながらそう言った。
緊張するのは、しかたのないことだと思う。
これほどの美形と会話をするなんて、本当に初めてなのだから。
それだけではなく、何故か僕の心臓は不思議なほど早鐘を打っていた。初対面なのに、懐かしさと嬉しさとがごちゃまぜになっている感じだ。

「あ、はい。頂きます!」

思わず大きな声で返事をしてしまい、そんな様子の僕に彼はくすくすと笑みをこぼしながらカップを傾けた。
洗練された優美な姿に思わず目を奪われる。
育ちの良さで言うならば、自分も名家といわれる家の出だからそれなりだと思うのだが、目の前の人とは明らかに次元が違った。
思わずまたフリーズしそうになったが、どうにか紅茶を口にし、ほっと息を吐いた。

「美味しい」

ポットから注がれている時にも思ったが、香りがよく、爽やかな飲み心地だった。添えられていたクッキーはサクッとした歯触りで、優しい味がした。僕の素直な感想に、目の前の麗人は嬉しそうな笑みを浮かべたので、思わず見惚れてしまう。
モデルや俳優には美しい人が多いし、そういう方たちと直接会う機会はそれなりにあったのだが、彼ほど目を退く惹く存在には、今まで会った事が無い。

「それで、迷子といったか?」

カップをソーサーに戻し、彼はそう尋ねてきた。

「はい。考え事をしながら歩いていたら、見慣れない路地に出てしまって・・・」

気づいてすぐ戻ろうと引き返したが、見知った場所には出ず、大きな通りに出ればどうにかなると思って先に進んでも長い道が続いているだけだった。
周りは大きなビルが規則的に並んでいる。
人っ子一人いないだけではなく、車の騒音すら聞こえない。
どの建物にも窓はなく、入口も見えない。
建物の形をした箱。
まるで迷路のような入り組んだ路地。
普通ではあり得ないような光景だった。
最初のうちは平静を保って歩いていたが、だんだん恐怖心がわきあがってきて、気が付いたら走っていた。
どこでもいいからここから出たい。
そう思い走っていると、ふと視界に何かが引っかかった。
今通り過ぎた十字路。
右の通路の奥。
その先に扉のような物が見え、急いで引き返し、その扉の中に入ったのだ。
そして、ここに出た。
こうして落ち着いた状態で説明をすると、やはりあれが現実の通路だとは思えなかった。白昼夢でも見ていたのか、部活帰りの疲れで、半分寝ながら歩いていて、夢うつつの状態でこの建物の扉をくぐってしまったのか。
きっとそのどちらかなのだろう。
話し終えた途端、何でこんな馬鹿な内容を話したんだ。
異常者だと思われたらどうしようと、僕は恥ずかしさに居たたまれなくなり俯いた。
だが、話を聞いていた彼はこちらを馬鹿にする様子はなく、その細く長い指をあごに充て、しばし思案してから口を開いた。

「成程な。あの通路を通って来たというのであれば、やはりお前は俺の客なのだろう」
「客?」

予想外の言葉に、スザクはキョトンとした表情で首を傾げた。

「ああ。ここは、お前のような人間が迷い込んでくる場所だ」

そう言いながら、彼は呆然としているスザクに説明を始めた。どうやら彼の客としての条件を満たした者は、あの奇妙な通路に迷い込んでしまうらしい。
そういう設定のマンガやアニメがあったなと、スザクはとりあえず納得することにした。
どうせ悩んでも答えは出ないし、自分にはそこまでの頭もないのだから。

「ここで取り扱っている商品は情報。対価はそちらが持っている情報だ」
「情報?」
「そう。早い話が情報交換だ。対価となる情報は俺が興味をもつ内容なら、どんなものでも構わない」
「・・・客ということは、お店なんだよね?君は情報屋っていうやつなのかな?」

僕は君に渡せるような情報はなにもないよ?
困惑しながらスザクは言った。

「いや、情報屋とは少し違う。俺の知的好奇心を満たしてさえくれればいい」
「そうなんだ?」

それで商売として成り立つのだろうか?
お金持ちなら趣味の店かもしれない。

「でも、君とどんな情報を交換すればいいか見当もつかないよ」

スザクは、うむむむ、と悩むように眉根を寄せた。
その姿に、彼はくすりと笑う。

「そう深く考えないでいい。お前は今、普通では解決できないような悩みを抱えているな?お前のその悩みが消えれば、自然と元の場所へ戻れる。つまり、今お前が悩んでいることを俺に話し、俺がそれを解決するための情報を渡そう」
「僕の悩み?」

悩み。その言葉に、僕は一つだけ心当たりがあった。

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